令和元年12月例会20日(金)第3金曜日 18時30分より 中之島中央公会堂

「大学」古典講義 Ⅻ 象著玉杯・詩経の解説

羅針盤を持つ手大学古典講義
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羅針盤を持つ手

大学の講義も進んできました。今講義していただいている範囲は、三綱領の具体的事例を適切な文献から引用しつつ、解説している内容です。

今回は、「新民」の事例の典拠です。「大学」は書経からの引用と詩経からの引用が多い。そこで「詩経」についての説明と、酒池肉林・象著玉杯ぞうちょぎょくはいの説明をしていただきました。

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四書五経の中の「詩経」について

孔夫子が子貢に「詩を学んだか?」と問いかけるくらいに、非常に大切なものである。情緒を育み、感性を磨くためにも非常に重きを置かれてきたもの。

「詩経」は五経(易経・書経・詩経・礼記・春秋)の一つ。各地の歌謡三千余首から孔子が選定したもの。(国風・小雅・大雅・頌)。

各地の民謡を集めた「ふう」すなわち国風(160篇)
貴族や朝廷の公事・宴席などで奏した音楽の歌詞である「」(小雅74篇、大雅31篇)
朝廷の祭祀に用いた廟歌の歌詞である「しょう」(40篇)

引用:詩経 – Wikipedia
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「大学」テキストp11より「新民」の事例

著者朗読の付属CDで素読実践の助けに!

とうばんめいいわく、まことに日に新た日々に新たに、又日に新たならんと。康誥こうこうに曰く、新たにする民をおこすと。

よく引用されるところですね。殷の湯王の言が、詩経や書経と同じレベルにて引用されているところにも注目です。それくらいの聖人として考えられていたわけですね。

「まことに一日新鮮になり、日々に新しくなって更にまた日毎に新しくなれ、とある。康誥編では、活気のある民衆を育てよ、とある」。これらは「新たにすることの大切さを言ったものである」。

「詩経」大雅・文王編

詩に曰く、周は旧邦きゅうほういえどもめいれ新たなりと。

文王編とあります。周の文王が天命を受けて王朝を開いた功績を讃えた歌のこと。

「周は古い伝統ある古い国であるが、その働き(命)は常に新たで留まることがない。」
見て分かる通り、ここから「維新」という言葉が出てきているんですね。「維新」いうのは「絶えざる創造」のこと。

ゆえに、君子はそのきょくを用いざる所無し。
「それ故に政治の局に当たる指導者(君子)は、宇宙人生を支配する根本的原理原則を徹底して思索し、これを活用してゆかねばならない」。

安岡先生を引用すると、極とは、突き詰めた原則、最も創造的な究極概念をいうので、中途半端な姑息的なことでは片付かない。
この『大学』の教えるところは、我々が徹底した思索、宇宙人生の根底的原理に立って、その極地を活用することである。

どうでしょう?体中に気が漲る思いがしませんか?それぞれの「極」をつきつめてそれを活用していくわけですね。

『大学』は人を治める学、政治哲学を説く学問であり、『小学』は日常実践の学問、如何に自己を修めるかという道徳教育の学問である。
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殷の最後の王・紂 酒池肉林・象箸玉杯の解説

2019年7月配布資料

殷の湯王が出てきたので、夏・殷・周の流れと帝紂について、解説していただきました。そのなかで「酒池肉林」「象箸玉杯」の部分の説明がありました。

紂の華美がどんどん甚だしくなる様子を表しています。はじめは「象牙で箸を作り」、「お宝で坏をつくる」ようになり、やがては住居などがだんだんと贅沢になっていくことを箕子きしが心配したこと。

該当する部分の訳を引用しておきます。

 しんには名が二つあり、辛は生まれた日によってつけたもの、いまひとつは受といい、受とちゅうと発音が似ており、紂は無道の意味だったから受の代りに紂といったのである。帝紂ていちゅうは天性能弁で行動敏捷、見聞にさとく材力人にまさり、手で猛獣をたおすほどであった。悪知恵があって諫言でも反対にやりこめることができ、口も上手で悪事を善事と言い飾ることができた。自分に能力があるのをほこり、天下に誰も及ぶ者がないと高ぶった。

史記1 本記(ちくま学芸文庫)

  そして神霊もないがしろに大勢の者を集めて沙丘に遊楽した。酒をそそいで池とし肉を懸けて林とし、男女を裸にして、その間に駆けさせ、長夜の酒宴を張った。天下の者は怨望して諸侯の中にもそむく者があった。すると紂は罪を重くして 炮烙 ほうらくの刑(銅の柱に油を塗り炭火を下に焚いて罪人にその上を渡らせ焚死させる刑罰) を設けた。

史記1 本記(ちくま学芸文庫)

 微子びし(紂の庶兄) は、たびたびいさめても聴かれないので、太師や少師とはかり殷を去った。比干ひかんは、「人臣としては死んで争わなければならない」と言い、紂を強諫した。紂は怒って、「聖人の胸には七つの穴があるということだが、ほんとうだろうか」と言って比干ひかんの胸をひらいて心臓を見た。

史記1 本記(ちくま学芸文庫)
管理人惜斎F
管理人惜斎F

この箕子や比干というのは帝紂(=帝辛)の叔父に当たる関係です。

天下国家の政治もその根本は一身の修養にあることを説く『大学』。人間の本性とは何かを論じ、「誠」の哲学を説く『中庸』。
「本紀」は、黄帝から秦の始皇帝の全土統一を経て、漢の武帝時代にいたる、歴史における帝王の系譜。
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古典講義大学Ⅻ まとめ

一つの単語で表現している内容を理解するには、その語の持つ背景を理解しておく必要があります。決して知識偏重ではなく、文章理解のために必要なんですね。
どこまで説明すべきか、松岡先生は毎回悩みながら講義されています。ありがとうございます!
興味のある方は、参加してみてくださいね。

「関西師友」誌上の気になる連載。

関西師友協会の会報誌「関西師友」7月号(728号)から、非常に興味深い連載が始まりました。一つは、「大学と小学」安岡正篤先生の講話記録。もう一つは、原田勉・神戸大学経営学研究科教授の 「老子の説くイノベーションへの道」 です。

安岡先生の講演記録は書籍になっているので、まとめて読みたい人は購入してみてください。もうすでに持っている、読んだ人も、誌上で区切られた範囲を熟読玩味していくと、いままで気づかなかった視点を得ることになるかもしれません。

『大学』は人を治める学、政治哲学を説く学問であり、『小学』は日常実践の学問、如何に自己を修めるかという道徳教育の学問である。

「老子の説くイノベーションへの道」は、古書を古読せずのいい例として楽しみにしています。「朱子学の抑圧的な理」に対するアンチテーゼとしての側面を持ちつつも、儒教的弊害が目立たなくなった時代では異なる解釈が必要、とする「道徳経」の魅力を説明されています。興味のある方は「関西師友協会」へ連絡してください。(編集長の井上先生は以前、大津木鶏クラブの代表世話人として活動しておられました。)

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この記事を書いた人

管理人惜斎F
大阪木鶏クラブ会員・ブログ作成者です。過去の通信なども少しづつまとめていきたいですね。

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