10月例会は18日(金)第3金曜日、中央公会堂 第4会議室で開催予定です。
PR

1996年1月2月号・1997年3月号から12月号まで。月刊誌『致知』木鶏通信より。

致知1996年1月号表紙 過去の木鶏通信
この記事は約4分で読めます。
スポンサーリンク

今回は1996年度を中心に紹介していこうと考えていたんですが、1996年のものが2冊(1月号・2月号)しか残っていませんでしたので、1997年4月号から12月号までを一緒に紹介していきます。

スポンサーリンク

木鶏通信 大阪木鶏クラブ分 1996年

1月号・2月号

致知1996年1月号表紙
月刊誌致知1996年2月号
致知木鶏通信1996年2月号木鶏通信

昨年(1995年)・10月の曾子生誕2500年の祭典に出席されたときの感激を記しておられます。

スポンサーリンク

木鶏通信 大阪木鶏クラブ 1997年3月号から12月号まで

3月号

月刊誌致知1997年3月号表紙
木鶏通信1997年3月号木鶏通信

1996年12月号例会の報告です。その中で、真鍋先生の体調不良を心配されています。

高本会員は

いまさらながら会長の存在の大きさを実感すると共に、私たち弟子だけでも何とかせねばと、いままで頼り切っていたことを反省し、気持ちを切り替えて勉強しました。

と、述べられています。

講師も兼任されていたわけですから、なかなか忙しい日々を送られていたに違いありません。

4月号

致知1997年4月号表紙
木鶏通信1997年4月号
木鶏通信1997年4月号2

3月例会に引き続き真鍋先生が欠席されています。その中でも、会員全員で智慧を持ち寄り会を運営しました、との報告でした。

スポンサーリンク

5月号

致知1997年5月号表紙
木鶏通信1997年5月号

ここで初めて輪読したのが「伊藤肇氏」の著作であったことがわかりますね。安岡先生の思想をわかりやすく紹介されていた印象があります。

権力支配には名聞利達が伴い、道徳的腐敗を生じやすいのだ。

私もよく読んでいましたね、懐かしい!

平岩外四氏(元経団連会長)のことも、伊藤肇氏の著作の中で紹介されており、興味深く読んだ印象がありますね。

真鍋先生が復帰されるまで、「小学」を学ぶ予定とあります。ほんとによく研究されているなあ、と驚いています。基本こそが大切ですからね。

6月号

致知1997年6月号表紙
木鶏通信1997年6月号

真鍋先生復帰まで「小学」を学ぼうとされている時期です。現在の我々もこの内容は、しっかり理解できますね!

7月号

致知1997年7月号表紙
大阪木鶏クラブ1997年7月号木鶏通信

今号も「小学」について研究されています。また、知識を積み重ねるための勉強ではない、と言うことを確認されています。大切なところですよね。

後半読みにくいところを書いておきましょう。

まず朱子の書題(序文)を読んでこの「小学」のねらい、あるいは撰者の意図に思いをめぐらせました。実践を重視した「小学」だけに、子供にはもちろん大人のわれわれにも、胸を刺す至言ばかりです。

このとおりですね。

8月号

月刊誌致知1997年8月号表紙
1997年8月号木鶏通信

5月例会も真鍋先生欠席のまま会合です。日常の実践を通じて学ぶ姿勢を研究されています。

9月号

致知1997年9月号表紙
致知1997年9月号木鶏通信

ここでは、「過ちを認めること、それを改めること、そして再びしないこと」が過ちを起こしたときの基本原則と確認されています。

今はどうでしょう?

まず「認めない」人間が多いですね。愚かな言い訳をして逃げようとする人間が多いように感じます。皆さんはどうでしょうか?

10月号・11月号

致知1997年19月号表紙
1997年致知11月号表紙
1997年11月号致知木鶏通信
1997年11月号木鶏通信2枚目
スポンサーリンク

12月号

1997年致知12月号表紙

表紙のみです。

スポンサーリンク

まとめ

1996年と1997年の「致知」より、大阪木鶏クラブの木鶏通信でした。

当時から参加されている方は、ああ懐かしいな、と感じられるでしょうし、参加しようか考えておられる方にとっては、大人になってから「古典」を学ぶ雰囲気を感じとっていただけたらと考えます。

大阪木鶏クラブは通常、第3金曜日 18時30分 大阪市中央公会堂 で開催されています。

時期によっては、第二金曜日になったりしますが、その都度このホームページで紹介していきます。

コメント

この記事を書いた人

管理人惜斎F
大阪木鶏クラブ会員・ブログ作成者です。過去の通信なども少しづつまとめていきたいですね。

管理人をフォローする
タイトルとURLをコピーしました