令和元年12月例会20日(金)第3金曜日 18時30分より 中之島中央公会堂

「精進する」致知2019年12月号読後感。大阪木鶏クラブ11月例会報告。

2019年(令和元年)木鶏クラブ例会報告
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『大阪木鶏クラブ11月例会は、8日(金)中之島中央公会堂にて開催しました。会長挨拶の後、「大学」古典講義へ。宇宙のリズムを研究すること、人間は完璧でないがその中にある優れた部分を伸ばせばよいと、学びました。
致知12月号読後感では、巻頭の管子の実践哲学と渋沢栄一の「忠恕」の精神に共通する、未来を見据えた深い洞察に心震えるほどの感動を得たと発表がありました。また、特集言の「精進」についての考察は、今後の日々の過ごし方に新たな視点を得ることができたと莞爾して発言がありました。』 

管理人惜斎F
管理人惜斎F

今号の到着が遅かったと、会員の声があがりました。皆さんの地域では、どうでしたか?11月はじめに連休が続いた影響だそうです。

まずはこの致知12月号の巻頭の言葉。今の日本の状況が語られていました。「挽回不能になってからでは遅いのです」との言葉に、何人の日本国民が危機感を持って行動できるのか、ですね。

今回、私は開始時間にかなり遅れてしまいましたので、古典「大学」の講義も途中からでした。その中でも心に残った言葉は次のようなものでした。

人間は完璧ではない、ということに気づけばよい。そこから自分の中の素晴らしい部分を伸ばせばよい。人間は本当の自分がわからない。

という表現にペンが走りました。最近考えていたことと同じだったからです。
特に人間は本当の自分がわからない、といった点です。
もちろん他者もわからない。
本当に、他者を見ているのだろうか?
見ているつもりだけれど、それは自分の中の他者に対する物語という色眼鏡を通しての理解に過ぎないのではないか?
そして、そもそも「自己」とは?
ということです。

私たちは、外側の世界──これまで見てきた通り、今起こっている体験の外側にある世界──を実際は体験してはいない。それと同様に、私たちは果たして他の人を自分の「向こう側」のものとして実際に体験しているのだろうか?私たちが誰かと関わるとき、実際には誰と関わっているのだろうか?今ここに、この瞬間にいる真のその人という存在ではなく、自分で作ったその人のイメージと関わっているだけではないだろうか?その人について作り出したストーリー、自分バージョンのその人にしがみつこうとするがために、この瞬間にいるありのままのその人を見失う結果になっていないだろうか?人は常に過去の出来事や未来のフィルターを通して他者を見ていて、 今現在のあるがままを見逃しているのではないか?

最も深いところですでに受け入れられている キンドル版 No2990

と、こんなことを考えていました。眼横鼻直がんのうびちょくですね。
それでは、11月例会報告と参りましょう。

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致知12月号特集「精進する」・巻頭言と特集言の秀逸さ。

今号の到着が遅かったことは述べましたが、最初から目を通すと巻頭言と特集言に目が止まりました。
巻頭言では管鮑の交わりで有名な管子の言を引用し「挽回不能になってからでは遅い」と、現在の日本の状況に警告を与えておられます。
特集言では「精進」の意味合いを、自己の誕生は母の苦難の日のおかげである、との人類すべてに共通する基本原則から説明され、その背後には人知人力の及ぶべくもない大いなる力の働きによって我々は生かされている、と存在の意味を語られています。

わかりやすい言葉と表現で難しい内容を語られているので、読みやすく考える材料に頗る適していると感じました。

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夢の新薬開発に挑む 杉本八郎 致知2019年12月号 p10

アルツハイマー型認知症の対症療法薬の開発までの話からは、何度も頓挫しかけた中で母を含む病で苦しむ人々を救いたいとの捨て身の一心が成功をもたらしたこと、そして今後の根本治療薬開発への意気込みが伝わってきました。

人生すべて当たりくじ

研究の道から人事部への異動。
臨床試験もこれからといった大事な時期に、現場から外れたその焦燥感は計り知れないものがあったと思います。その中でも気持ちを整理し、必死に仕事に打ち込み、時間を捻出して論文を書いた。
その集中期間がきっかけで、学位を取ることができた。
この一連の出来事を回想され、「つくづく人生において無駄なことは何一つない、人生すべて当たりくじなのだと思います」(p15)と発言されています。

その渦中にいる間は何もわからずじまいですから、我々は常に今いるところでやることをきちんとつなげて行く必要があるな、と再認識しました。

そして実験の犠牲となった動物たちに対しても、肉を断って毎朝供養のためお経をあげておられる。この姿勢は素晴らしいことで、日本人特有のことなんじゃないかと考えます。彼ら動物たちの犠牲の上に、我々の生活が成り立っている基本は忘れてはいけません。

まだまだ青春、老後は100から。

人生で一番大事なことは?と問われて、「恩を知ること」と答えておられます。親への恩、パートナーへの恩・感謝。このような思いがあれば、独りよがりにならず「尊敬」の念につながる。
この周りとの良い関係性が、結果を残したあとの人生も充実させる要因なんだろうと考えました。

T会員の発表で、サミュエル・ウルマンの「青春とは」と永守重信氏の「情熱・熱意・執念の経営」を紹介してもらい、人間の隠れた才能を引き出すためにも「情熱を持って、熱く精進すること」の大切さを確認しました。

次々とM&Aを展開して伸び続ける日本電産の強さの秘密とは? 強烈な個性を持つ創業者が語った経営哲学を集大成した一冊。
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渋沢栄一の生涯が教えるもの 対談p18

渋沢栄一の人間的魅力が伝わってきました。渋沢栄一についてはあの文豪露伴が伝記を書かざるを得なくなった経緯であるとか、書生であった甥の大川平三郎に大金を貯めなくてはいけない、などと月給の殆どを実家に仕送りしていたものに対する発言とは思えないとの批判もあります。

しかし、大局では渋沢なかりせば実現しなかった事業の多さに感服しました。また、「公益」という視点を生涯忘れなかったことが、現代の日本社会に対する問いかけとして提示されているように感じました。

人として持つべきは忠恕である

忠恕つまりは「仁」の一字です。ここに渋沢哲学の本質が凝縮しているように感じました。自己の財閥を作らず、天下国家のために働いた。
弱い立場の人を助けることを厭わずに、切り捨てることをしなかった。

今はどうでしょう?
皆さんそれぞれが思うことがあるのではないでしょうか?
社会保障のための消費増税といいつつ、その結果としてなにを行おうとするか?
社会保障を切り捨て、法人税の減税を働きかける旨、自公税調で議論がはじまった。
もはや、なにをかいわんや、の心境ですね。

精進努力は人生を終えるまで

新しい時代に対応できるよう、常にエビのごとく脱皮を繰り返して精進していく。もうこれでいいや、という発想がないことに驚きました。
決して「老害」として君臨するのではなく、学び続ける行人として存在する、そんな姿が想像できました。

「こんなことで満足していては仕方がない」

この意気込みを持ち続けていきたいですね。

企業の倫理観が問われる現代にこそ 読まれるべき一書だと言えるかもしれません。
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二宮翁夜話の訓えに学ぶ p28

誰もが知っている尊徳翁。その訓えから現代にも通用する重要なことがらが述べてありました。
積小為大の精神。そこから導き出される、人心の荒蕪を開拓することこそが本当にすべきこととの信念。
天から与えられた善種(仁義礼智)を培養し、収穫し、広めること、これまさに「明徳を明らかにする」事にほかなりません。

誰にも必要なそれぞれの「桜町時代」

「桜町時代」とは尊徳の苦労時代ですが、全一学の提唱者・森信三先生は「人間誰しもこの桜町時代というものが必要」とおっしゃっていました。
わざわざ苦労なんて必要なのかね?と若い時代は考えていましたが、今となると「苦労」とか「楽」とかを決めているようではまだまだだな、という考えになりました。
ただ、起こりゆくことを「経験」していけばいい、と最近は考えています。もちろん、如何に棹さすかということは大切ですが、好悪に引きずられる必要もないかな、という心境になりつつあります。

尊徳翁の精進 公と私の関係性

尊徳翁も「公と私」のバランスが取れていたと解説されていました。自己の存在が公の発展につながる。そんな全体と個人との関係の絶妙な距離感についても学ぶべきことがありました。

「公」をしっかりと意識し、見本とならねばならない立場の者が、私利私欲を追求する。そんな馬鹿げた社会では、「教育」など実質不可能でしょう。

なによりも性急な成果を求める現代に、警鐘をならす意味でも今一度学び直す事柄が多いと感じました。

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看護の道を歩み続けて見えた世界 村松静子 p32〜

少子高齢化社会では、体が動きにくくなった高齢者人口が労働者人口よりも多くなります。
「生」があれば「死」がある。
その死をいかに迎えるか、「看護」という患者の療養生活の質を上げるのに必要不可欠な行為を、在宅で受けることができるように活動を始められた。

病に苦しんでいる家族がいた場合、この介護・看護というのは日常の重要な地位を占めてきます。生活の一部となりますし、外側からではわからない心理的な負担もかなりの割合を占めていきます。

穏やかな最期を迎えるための看護のあり方

若いときの病気や怪我は、「回復」し社会復帰することが第一の目標となっています。しかし、ここで問われている「看護」は、もちろん「回復」や「社会復帰」も含んでいますが、人生の最後を自宅で迎えたいとの家族の思いに沿ったものを目指されています。

患者とその家族との関係性の構築も重要なこととして揚げられており、「専門家」「技術者」としてではなく、家族と同じ視点を忘れないでほしい、との患者のご家族の言葉を大切に信条として持ち続けておられます。

これも簡単に書かれてあり、実行されているのですが、現実には簡単なことではありません。患者に対する「看護」は、2ヶ月とか3ヶ月とかいった期限がありません。「死」というものがやってくるその時までが患者に対する看護が続くわけです。
このプレッシャーをものともせず、仕事の使命感、醍醐味として取り組み続けられている姿勢に、感服いたしました。

管理人惜斎F
管理人惜斎F

ここ2ヶ月のうちに家族の入院・手術が立て続けに起こったので、この看護に対する情熱と目的意識にとても感動しました。すべての看護師がこのような精神で取り組まれているわけではありませんからね。問題だと思った看護師のいる病院は即座に退院し、かかりつけの大病院に移しました。

最後に筆者の言葉です。

この二十一世紀は、誰かに従ったり、管理されて生きるのではなく、一人ひとりが自分自身で人生を選択し、楽しみ、努力し、死とも向き合い、最期まで自分らしく生きていく時代なのではないでしょうか。

致知 2019年12月号 p36 3段目
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人生を照らす言葉 「城の崎にて」志賀直哉 鈴木秀子

鈴木秀子先生の連載を毎月楽しみにしているのですが、今月の「城の崎にて」も作者・志賀直哉の命についての考察が非常に興味深く解説されていました。
田舎が但馬ということもあり興味が増しました。

偶然生き残った自分と、投げた石が偶然あたって死んだイモリとを比較して、人智で計り知れない天の配分を感じ取る。

生きている事と死んでしまっている事と、それは両極ではなかった。それ程に差はないような気がした。

致知 2019年12月号 p104 2段目

生と死は分けるべきものではない。産まれる前の世界に帰ることを死という。大きな大自然の計らいの中にあること。

若いときに読んだ「観画談」幸田露伴を思い出しました。これはなかなか説明しづらいのですが、大雨の音を印象的に使い、掛け軸の絵の中の人物と最期に会話した感が起こり、、、。

大噐氏たいきしは実に稀有な思がした。この老僧は起きていたのか眠っていたのか、夜中真黒な中に坐禅ということをしていたのか、坐りながら眠っていたのか、眠りながら坐っていたのか、今夜だけ偶然にこういうていであったのか、始終こうなのか、と怪み惑うた。もとより真の已達いたつの境界には死生の間にすら関所がなくなっている、まして覚めているということも睡っているということもない、坐っているということと起きているということとは一枚になっているので、比丘びくたる者は決して 無記の睡に落ちるべきではないこと、仏説離睡経ぶっせつりすいきょうに説いてある通りだということも知っていなかった。またいくらも近い頃の人にも、死の時のほかには脇を下に着け身を横たえてさぬ人のあることをも知らなかったのだから、吃驚したのは無理でもなかった。

観画談 幸田露伴 キンドル版 位置No427
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致知12月号「精進する」まとめ

今月号も内容が多肢に渡り、興味深い記事が多く、貴重な時間を過ごすことができました。

K宮司の発表では「韓国の共産化を断固阻止せよ」p128の内容を、今の時期に発表するのは本当に勇気がある元韓国空軍大佐だなあ、と感嘆されていました。
p130の下段にある表現、「日本人は倫理、道徳、遵法精神に徹し、恥を知り、潔さを重んずる抜群の国であり、、」云々のところは、現代日本社会に本当に残っているのだろうか?と疑問を呈されました。

また、全盲のバイオリニスト和波氏とお母様との関係性にも感動の声が上がりました。そして、p74「致知と私」の足立青宙氏(丹波木鶏クラブ代表世話人)の致知との出会いと半生からは、師恩に対する感謝と次世代へつなごうとされている日常の実践が伝わってきました。

管理人惜斎F
管理人惜斎F

今年もあと残すところ僅かになりました。令和元年最期の木鶏クラブは12月第3金曜日、中央公会堂にて18時30分から開催されます。お時間の許す方は、参加してみてください。

クリスマスシーズン 懐かしのbandaid

Band Aid – Do they know it's christmas 1984 | HD – Widescreen 16:9

懐かしいですね(笑)スティングの貴公子ぶりやボーイジョージ、バナナラマ、ジョージ・マイケル、ボノ、フィル・コリンズの髪などなど。いやいや若い!

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この記事を書いた人

管理人惜斎F
大阪木鶏クラブ会員・ブログ作成者です。過去の通信なども少しづつまとめていきたいですね。

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